『孝子さん』とは医院長の奥様のことだ。

沖田先生の曇らせた表情からは、年内には恋人関係を解消する予定の私を本当は紹介したくないという難色が読み取れる。

だけど私はあえてそれに気づかないふりをする。

だって最大のチャンスだもん!

沖田先生のお父さんにもお兄さんにも私が歓迎されていないことは、この間の懇親会で会ったお兄さんとの会話で理解した。

まぁ、もっとも沖田先生本人にも歓迎されてはいないのだけれど、これは外堀から埋める絶好のチャンスだ。

愛妻家の医院長には、奥様の連れ子の子供が二人いる。
一人はいずれ病院を継ぐべく医大に通う大学生の息子さん。そのお姉さんは有名なモデルで、街中で彼女のポスターやテレビCMでその顔を目にしない日はないほどの売れっ子だ。

今回一緒に別荘で過ごすのは、医院長夫妻と息子さんで、残念ながら娘さんは仕事で海外にいるため来られないと医院長は説明してくれた。

味方につけられるのは三人。
医院長室から出た私の頭の中を『医院長、孝子さん、息子さん』とその言葉だけがぐるぐる繰り返しかけまわる。
そんな邪な私の思いを見透かすように沖田先生はすぐに私に釘をさす。

「紹介はするが…余計なことは言うんじゃないからな」

じろりと睨まれたが、もちろん黙って言うことを聞くつもりはない。

「…」

無言で目を逸した私の耳元に少し屈んだ先生が顔を寄せ、

「くだらない画策をするより、俺と一緒に過ごすことだけに集中したらどうだ?」

と意地悪い笑顔を浮かべ、色気を含んだ低い声で囁いた。

「っ!」
息を吹きかけられた耳から一気にかぁぁっと体温が上昇して、慌てて熱をもった耳を片手で押さえる。

そんな私を見て面白そうにくつくつ笑いながら、先生は目を細めて私の髪をくしゃりとかき混ぜ病棟に戻る。

ドキドキしながら先生の後ろ姿を見つめていたのはつい昨日のことのようだ。