「晴日ちゃん。お水、ここ置いとくね。」

「あ、すみません......」

 レザーの白いソファ。低反発の座り心地。

 いつも決まってカウンターで飲んでいる私は、今日この席に初めて座る。

 レザーの感触を確かめながら、零士さんの声に顔を上げた。私を安心させるように見せた笑顔は、少しだけ気持ちを落ち着かせてくれた。


 零士さんの去っていく後ろ姿を見ながら、私は改めて矢島さんと向かい合う。水を飲んで深呼吸をして、それから彼の目をじっと見つめた。


「さっきは大きい声出してごめん。でも、ちゃんと話したかったんだ。」

 彼の言葉を聞き、私は身構えるように背筋が伸びた。こくりと頷き俯くと、垂れてきた長い前髪を耳にかける。


「本当に心配してた。晴日が結婚するって出て行ったって聞いて、騙されてるんじゃないかと思った。」

「それは......」

「だって俺たち、あの日までちゃんと付き合ってたから。」


 あの日まで......

 なんとも切ない言葉。だけど、悲しさの奥から、だんだんと笑いがこみ上げてきた。

 ちゃんと付き合っていた、とは何だろうか。3年間の愛があったなんて思えない言い草。自分のことを棚に上げて、言った言葉なんて何も響かなかった。