「でも、自分だけのお気に入りの場所なんだって、誰にも言ってなかったみたいだったから。気づいてたけど、知らないふりしてた。」
「嘘......」
「それより、偽装結婚って?」
心拍数が一気に上昇した。
いつからいたのか分からない。入ってきたことさえ気づかなかった。だけど、さっきの会話を聞かれていたことだけは明らかだった。
「行こう。」
「やめて、離して。」
腕を掴む矢島さんは、半ば強引に私を連れ出そうとする。
「とにかく話そう。ちゃんと話聞くから。」
結婚式の日。
桜と永遠の愛を誓い合う矢島さんを見て、私の好きな彼はもういないんだと失望した。もう二度と、あの人の手に触れることはない。そう思っていた。
それなのに、こんなにも早くその時が来るなんて、思ってもみなかった。
私の腕を掴む手には、ギュッと力がこもる。そして、優しく私の肩に添える手は暖かい。
眉尻を下げ、心配そうに顔を覗き込んでくる彼は、紛れもなく私の好きだった矢島さんだった。
しかし、私はいろんな思いをギュッと堪えた。
「知らないの?私は瀬川の家を勘当されたんだよ。」