「結婚する相手が何者なのか、知っておいた方がいいんじゃない? 」

 役所の窓口でも、こんなにはいらないだろう。思わずそう呟いてしまいそうになるくらい、律儀で笑いそうになった。


「どうして、こんなに......」

 そう言いながら、彼の言った言葉を頭の中で繰り返し、ハッと顔を上げる。

「結婚する相手って、それじゃあ......」

「よろしく、晴日ちゃん。」

 微笑む顔を見て、張り詰めていた緊張の糸が一気に緩んだ。彼に、受け入れられた瞬間だった。


「あっ.....」

 初めて名前を呼ばれ、目の前に置かれた免許証を慌てて手に取る。私は、結婚しようとしていた相手の名前すら知らなかった。


藤澤 千秋(ふじさわ ちあき)......さん。」


 写真をジッと見つめ、少しだけ恥ずかしくなる。この人が、私の夫になる人。そう思うと、不思議な感情に包まれた。

 目を泳がせ、ペコリと頭を下げる。


 私はこの日、昨日会ったばかりの彼と結婚することを決めた。これは、偽装結婚。

 これから、私は"藤澤" 晴日として生きる。