「愚痴でも聞きましょうか?」

 すると、突然背後から聞こえてきた声。それは、甘い低音ボイス。不意打ちに耳元で囁かれ、ゾクッと体が反応した。


 驚きのあまり振り返ると、綺麗な顔が目に飛び込んできた。

 長身。黒髪。少しウェーブがかかったナチュラルヘア。健康的な肌の色。綺麗な二重の瞳。鼻筋の通った高い鼻。色っぽい口元の黒子。

 芸能人かと見間違えてしまう程、どのパーツをとっても整っている。


 でも、一瞬にして私の苦手センサーが働いた。


 世の女性ならきっと、ここで一緒に飲みましょうとなるところなのだろうか。ニッコリ微笑みかけてくる胡散臭い笑顔に身震いし、咄嗟に顔を背けた。

「話しかけるなら、他当たってもらえますか。別にナンパ待ちじゃないので。」

 思いっきり、冷たく突き放した。


 ちょうど、2つ隣の椅子を引き、座ろうとしていた彼。私の言葉を聞き、動きが止まると、突然に笑い始めた。

「は?」

 純粋に出た言葉。

 豪快に口を開き、いつまでも笑っている彼。初めて会う人に、こんなに笑われたのは初めてだった。


「いや、失礼っ。それにしても、ナンパって。」

 そう言う彼の元へ、注文もしていないのに置かれたお酒。会話も交わさず、零士さんからグラスを受け取る姿は、明らかに慣れた常連の動きだった。