「なんかあったのか?」

 しばらく飲み続けていると、グラスを拭きながら、呆れたように尋ねてくるマスター。

「なんかって?」

 カウンターで項垂れるように頬杖をつく私は、お酒のグラスを傾けながら、彼の顔を見上げた。


「何かないと、ここには来ないだろ。」

 黒いハットを被り、口ひげを生やした30代のマスター――岬 零士(みさき れいじ)さん。

 彼がこのお店を開業した翌日。偶然に見つけてから、私は嫌なことがあるたびにここへ来て、飲み明かしていた。


 気持ちよく飲んでいたのに、スッと酔いがさめてしまった。私は真顔に戻ると、ため息まじりに言う。

「別に。ただ....、家族ってなんだろうって、改めて痛感させられただけです。」

 言葉にすると、余計に体が重くなる。思わず、新しくもらったお酒を一気に飲み干し、グラスをあけてしまった。


「ああ、ああ、ああ....、そんな飲んで。晴日ちゃん、ちゃんと家帰れよ?」

 ここでは、だらしのない所ばかり見せてきた。どんより下を向きながら聞こえてきたのは、もう何十回と耳にタコができるほど聞いた台詞。

 私は、子供みたいに膨れっ面を見せた。