「晴日ちゃん、黙ってたことは謝るよ。でも、言い出せなかったんだ。俺がお父さんの仕事と関係してるって分かったら、あの時の君は――」

「もう、聞きたくない。」

「え?」


 けれど、もうここにはいられない。秘密を知ってしまった今、いつも通りにここで、平然と暮らすことなんてできない。

 そんな状況に耐えられるほど、体力は残っていなかった。


「じゃあ、全部説明出来ますか?父の病院が、新薬の治験に参加していた理由。偶然にも、その病院の娘とバーで鉢合わせた理由。私と、偽装結婚しようなんて言った理由。」

「それは、その.....」

「言えないなら、中途半端に謝ろうとなんてしないでください!」


 声を荒げた瞬間、傷ついたように辛そうな彼の横顔が、ちらりと視界に入って見えた。ズキっと心が痛みながらも、無視して横を通り過ぎる。


 私に近づいて、結婚する。

 でも、それは父の差し金であるとバレてはいけない。


 そんな汚いやり方は、父のやりそうなことだった。


「晴日ちゃん、聞いて。」

 玄関のドアノブに手をかけ、黙って出ていこうとする。そんな私を引き止める声も、今は雑音でしかなかった。

 イライラとしながらグッと力をこめ、扉を開けようとした。


 その時――


「俺たち、結婚してないんだ。」


 思いもよらない言葉が降ってきた。