「昨日はごめん。なんか、変な空気にしちゃって。」

「全然!その、気にしてません。」

 上手く目を合わせられず、意味もなく車内から外の景色を眺める。


 そんな今日の朝は、一段と変な感じがした。

 一夜明け、珍しく部屋をノックしてきた千秋さん。わざわざ仕事に行くとでも言いにきたのかと思えば、改まったような表情で、ホテルまで送っていくと言い出した。

 恋人や夫婦らしいことを必要以上に嫌う彼。それが突然言い出したことに、私は驚きを隠せなかった。


「ちょっと早めに着いちゃったけど、平気?」

「あ、はい。ありがとうございました。」

 道中、彼のおかしな行動に身構えてしまい、ずっと落ち着くことができなかった。

 ホテルの前についたのは、メモに書いてあった時刻の1時間前。私は鞄を手にバタバタと車から降りると、千秋さんに会釈をして、すぐに背を向けた。


 すると、ゆっくりと窓が開く音がした。

「晴日ちゃんっ。」

 声に気づき振り返ると、助手席に身を乗り出す千秋さんが、真剣な顔でこちらを見ている。

「夕飯は、家で食べよう。」

「ん?はい。」

 あまりにも当たり前なことを、わざわざ引き止めてまで言われ、拍子抜け。思わず半笑いでそう返していた。

「待ってるから。」

 しかし、彼は至って真面目な表情で、そんな笑みもすぐに消えた。

 車が去って行く様子を見ながら、一人になった私は意味がわからず首を傾げる。足先をホテルに向け歩き出しながら、胸のあたりはどこかモヤモヤとしていた。