「では、また近いうちに。」

「はい。こちらこそ、宜しくお願い致します。」

 車で去っていく神谷さんを見送り、残された母と私。窮屈な着物の帯を緩めながら、ため息混じりに待っている車へと乗り込んだ。


 神谷製薬は、業界のトップを走る製薬会社。

 現社長と父は学生時代からの友人で、そのつてもあってか、父の病院で扱っている殆どの医薬品が神谷製薬のもの。今回の縁談は、そんな神谷家との太いパイプを作ろうとする父の策略によるものだった。

 これは、いわゆる政略結婚なのだ。


「晴日ちゃん。」

「ん?」

「お父さんを、恨まないであげて。」

 家に向かう車の中。突然、私の手を握る母が、不安げに顔を覗き込んできた。

「晴日ちゃんと矢島さんが結婚すること、お父さんはちゃんと認めてたのよ?本当なら、このまま結婚させてあげるつもりだった。」

 そう言いながら、沈んだ表情を見せる。私は、この顔を見ると、どうしても強く言えなくなる。


「じゃあ、結婚させてくれればよかった。」

 でも、今回ばかりは耐えられなかった。


「晴日ちゃん....」

「どうしてわざわざ、桜となんて結婚させたの?どうして.....、そんな残酷なことができたの。」


 話し出すと、もう止まらなかった。