1日中騒がしかった家の中は、礼央がいなくなったことで、しんと静まりかえっている。


「あ、コーヒー淹れますね。」

 慣れないことをしてさすがに疲れたのか、肩を回しながら前を歩く千秋さんに、クスリと笑った。

 私はキッチンで2つのカップを手に取り、コーヒーメーカーに手を伸ばす。その時、ふとあの笑顔が思い出された。礼央の前でだけ見せていた、あの無邪気な笑顔。


「そういえば、千秋さんって子供好きだったんですね。」

 コポコポと音を立て、カップに落ちていくコーヒー。ふんわりと漂う香ばしい香りを楽しみながら、彼に背を向けて言った。

「んー?なんで?」

「いや、なんとなく。苦手なイメージだったので。ほら、愛なんていらないとか言って......」

 不思議そうな声につられ、そう言いかけて振り返る。

 すると、彼の視線がすでにパソコンへと向けられていたことに気づいた。黒縁の眼鏡をかけ、真剣な顔で仕事モードに入ろうとしている。

「......置いときます。」

 私は小声になりながら、淹れたてのコーヒーをそっと彼の前に置いて立ち去った。


 結局、今日は1日礼央の相手をして、仕事にならなかったはず。帰ってすぐに仕事を始めようとする千秋さんを見て、少しだけ申し訳なくなった。

 気を遣い、私はソファへと座る。膝を抱え、テレビもつけず、ただカップの温かさを手の平で感じていた。