ビニール傘を差し出したら、結婚を申し込まれました。



 五つ上の兄は、中学高校と全国大会にも出場するような優秀な陸上選手だった。

 しかし大学生のとき、足に大きな怪我を負った。日常生活には全く支障がないレベルだが、選手生命は断たれた。リハビリをすればまだ復帰できる可能性があると医者には言われていたものの、それまでと同じようにとはいかない。兄はプロ選手になる道を諦めてしまった。


「陸上競技から離れた兄は、それまで目を向けてこなかった家業に目を向けるようになったんです。で、これが意外と兄に合っていたらしいんですよね」


 兄は、実家の呉服店だけでなく、店のあるさびれた商店街を盛り上げることにも力を入れるようになった。妹の私の目から見ても、彼は陸上をしているときよりずっと生き生きとしていた。
 兄にとって、陸上はプレッシャーでしかなかったんだと、そのときようやく気が付いた。


「私が高校に進学した頃、家業は自分が継ぐからお前は好きなことをしろって言われました」


 自分が継ぐんだと、周囲に意思表明をしていたわけではなかった。
 それでも、突然自分の役目を奪われたような気がした。


「好きなことって何だろうって考えてみたら、やっぱり着物が好きだなって思って。店を継がなくても、別の形で和服に関われないかなって考えてみたんです」


 これでも一応、色々考えていた。和服とどう関わっていくのが良いのか。別に兄の補助として実家の店に残るという道もある。だけど、「好きなことをしろ」と言われたのに、それでは少しもったいない気がした。


「考えてみた結果、和服のデザインに携われるといいなって思うようになりました」

「和服のデザイン?」

「今では着物なんて、特別なことがない限り着ないでしょう?だけど、それではもったいないと思うんです。もっと誰もが気軽に、ファッションとして楽しめる、現代に合った和服をデザインしてみたい」