ビニール傘を差し出したら、結婚を申し込まれました。



 ハルさんは気まずそうに微笑んで、部屋へ向かう私に続く。

 思えば、この部屋に誰かを通したことはなかった。長谷ですら部屋の中までは来たことはない。


「温かいお茶でも飲みますか?」

「うん、お願いします」


 温かいお茶といっても、ティーバッグなんかはないので、ペットボトルのお茶をコップに入れて電子レンジで加熱したものだ。

 私は二人分のお茶を、二人で使うには小さなテーブルに置いた。


「今日は平日なのに、スーツじゃないんですね」


 静かなのが何となく気まずくて、適当な話を振る。


「今日は午後から仕事休んだから」

「副社長というのはそんなに気軽に休暇を取れるものなんですか?」

「まさか。すごく迷惑は掛かってると思う。だけど、午前中までに無理して必要なことは極力終わらせたし、迷惑は最小限に留まってるはず」

「無理をしてまでどうして休みを取ったんですか?」

「君とゆっくり話したかったから。いつ帰ってくるかわからなかったし」

「私が帰ってくるまでずっとあの雨の中待つつもりだったんですか」

「うん」


 バイトがある日だったら、もっとずっと遅かったかもしれないのに。

 口をつぐんだ私に、今度はハルさんが話を振ってきた。


「前から気になってたんだけど、夏怜ちゃんは何で大学は服飾コースを選んだの?」

「え?」

「服が好きなの?」


 いきなりそんな話題になって少し戸惑ったものの、私は静かにうなずいた。服は好きだ。だけどそれだけじゃない。


「服、特に和服が好きなんです。私の実家が呉服屋だっていうのはハルさんも知ってましたよね?」

「うん」

「中学生の頃ぐらいまで、家業は私が継ぐつもりでいたんです。兄は陸上競技のプロ選手になるのが夢で、和服には興味を示していませんでしたから」