ビニール傘を差し出したら、結婚を申し込まれました。

◇◆◇


 結局また、駅を越えてアパートの方に足を進めてしまった。

 こちらのアパートに戻って四日、一度もハルさんのマンションには帰っていない。帰るなら早めにしないとますます行きにくくなることはわかっているものの、またこうして先延ばしにしようとしている。
 明日。明日こそは帰ろう。昨日も同じことを考えた気がしなくもないが、きっと気のせい。今日はほら、雨が降ってるし。

 そんな風に自分に言い聞かせながら歩く。
 降り続ける雨は弱まる気配がなく、跳ねた水のせいで足が冷たい。

 ようやくアパートが見えてきて急ぎ足になる。早く室内に入りたい。だけど急ぐとさらに雨水が跳ねるというジレンマ。

 アパート前に黒い傘をさして立っている人がいる。待ち合わせでもしているのか知らないが、そんなところに立っていたら傘をさしていたところでびしょ濡れになるだろうに。せめて屋根のあるところに行けばいいのに。

 そう思いながらその人の前を通り過ぎたときだった。


「お帰り、夏怜ちゃん」


 雨の音にかき消されてもおかしくないような声なのに、何故かしっかりと私の耳に届いた。ぴたりと足を止めて、振り返る。

 黒い傘をさしたその人が、ゆっくりと傘を上げて顔を見せた。


「ハルさん」

「ごめんね。迷惑だっていうのはわかってるんだけど……迎えに来ちゃった」

「……」


 どうして……。こんな大雨の中わざわざ。
 ズボンの裾なんかの濡れ具合からも、そこそこ長い時間ここにいたのではないかとうかがえる。


「……雨も止みそうにないですし、狭いところで良ければ上がっていってください」


 私は彼に向ってどうにかそう言った。意識してしまって、変な態度になっていないだろうか。


「ありがとう」