幼馴染みの木坂澪との婚約解消。
元々婚約の話は木坂家からの要望で、父は乗り気だったし自身も別に異論はなかったので受け入れていた。
木坂家のような大きな家の令嬢にしては珍しく、澪は穢れのない、まっすぐで純粋な心優しい女性だった。晴仁は昔から澪のことを妹のように可愛く思っていた。
学生時代や二十代前半の頃に付き合った女性は何人かいたが、一生を共にしたいと思うような人はいなかった。だから、昔からよく知る澪と一緒になるのは丁度いい落としどころだと思った。
きっと澪の方も同じはず。そう信じて疑わなかった。
『ごめんなさい晴仁くん。愛している人がいるんです。この想いを抱いたまま、あなたと結婚することはできない……。本当にごめんなさい』
涙を流しながら澪が言ってきたのは、籍を入れる予定だった日の三か月前だった。
自分の意思などないのではないかと疑ってしまうほど、今まで見てきた澪は木坂家に縛られていた。そんな彼女が、晴仁と結婚するようにという言いつけを破ろうとしている。
そして、澪は10年近く前から木坂家に仕えていた使用人と駆け落ちした。
あの澪が。その行動は、幼い頃から知っている彼女だとはとても思えなかった。
婚約を解消され、残された晴仁は、心に大きな穴が開いたような気分になった。それまで体験したことのないような衝撃だ。
婚約者が奪われたからショックだった……というよりも、大抵のことは知っていると思っていた幼馴染みに、全てを捨ててまで一緒にいたいと思える相手がいたという事実がショックだった。
自分は今までそんなことを思える人に会ったことがない。置いて行かれてしまった気分だった。



