ビニール傘を差し出したら、結婚を申し込まれました。



 人通りはそこそこ多く、ざわざわとしている中なのに、二メートルほど離れた場所に立つ男性の声は、はっきりと私の耳に届いた。

 はっとして声のした方を見ると、やはり昨日の人だった。


「ずっと声をかけるタイミングをうかがっていたのですが、なかなか叶わず待ち伏せをするような形になってしまいました」


 一歩一歩こちらに近づいてくる男性に、私はきゅっと唇を結んで身構える。


「そう警戒なさらないでください。昨日も申し上げましたが、決して怪しい者ではございません」


 私が言うのもなんだが、相変わらず無表情な男だ。私は何も言わずに男を見つめる。

 私たちの間に流れる沈黙を破ったのは、クレープを買いに行ったはずの長谷だった。


「おい、あんた誰だよ」


 険しい表情をして男性をにらみつける。


「そいつは俺の連れなんでね。ナンパなら他所でやってくれ」

「これは失礼しました。直島様のご学友ですね。私は……」

「木坂澪さんの使用人の方ですか?」


 私は、自己紹介をしようとした男性を遮って尋ねた。すると彼はわずかに眉を動かす。


「……そうですか、晴仁様はあなたに澪様のことをお話になったのですね」

「昨日、ほんの少しだけ聞きました。ハルさ……晴仁さんの元婚約者だって」


 やはり合っていた。彼は澪さんの実家、木坂家の使用人だ。


「では、お二人が婚約を破棄した理由もお聞きになりましたか?」

「澪さんが使用人と駆け落ちしたって。その人はあなたの同僚ですか?」


 何となく聞いたその質問は、彼にとってあまり触れられたくないものだったようだ。感情のない表情のまま、声を荒げた。