ビニール傘を差し出したら、結婚を申し込まれました。



 母さんは真剣な顔をして、私の肩を強くつかんだ。


「夏怜。市ヶ谷さんのこと、絶対離しちゃだめよ」

「うん……」

「そうだ、今からとびっきりおしゃれしてアピールしとくのはどう?」

「おしゃれ?」

「着物着ましょう着物。夏怜に似合いそうなやつが丁度あるのよ」

「母さんが着せたいだけでは……?」


 母さんは「持ってくるわ」と言って私の部屋を出る。戻ってきた時には、着物や帯など一式を手に持っていた。
 受け取って着物を観察する。青緑系のグラデーションをベースに、柄は七宝文の入った、派手過ぎずシンプルすぎないもの。さすがに私の好みをよく理解している。


「あっちじゃ着る機会ないでしょ。髪の毛もちょっと巻いてあげる」

「あ、うん。じゃあ着る」


 着物を着るのは好きだが、さすがに今は実家に帰ったときぐらいしか着ない。考えてみれば向こうでは浴衣すら着ていない。
 だからだろう。久々に袖を通すと、帰ってきた感じがして少し落ち着く。

 着付け終わった私に、母さんは髪を巻くどころかメイクまで直してくれた。


「あ、髪飾り持ってこなかったわね……。そうだ!夏怜、店に置いてある髪飾り好きなの一つあげるわ」

「良いの?」

「ええ。冬弥の給料から引いておくから」


 そうか、ならば遠慮なく。私は母さんに促されるまま一緒に一階へ降りる。

 居住スペースから店のバックヤードに入ったあたりで、人の話し声が聞こえてきた。話の内容までは聞こえないが、一人はハルさん、もう一人は兄さんのもののようだ。
 先ほどまで兄さんはハルさんに敵意むき出しだったはずだが、声からしてずいぶん穏やかに話している感じがする。