ビニール傘を差し出したら、結婚を申し込まれました。




「女将さん!来月のイベントのちらし持ってきたから置いときますよー!あと表にポスター貼ってもいいっすか?」


 昔から周囲の人に「もう少し落ち着け」と毎日のように言われていた、元気のあり余った若い男の声が入り口の方から聞こえてきた。
 ……ああ、何気にこの声も久しぶりに聞いた気がするな。

 私はそっと声の方から顔を背ける。

 ハルさんが不思議そうな顔をして「どうかした?」と尋ねてくるので、私は右手の人差し指を口元に当てて「静かに」と訴える。


「ありがとね冬弥(とうや)くん。ポスターも頼んだよ」

「はいよー」


 そうそう。ポスターを貼りに外へ出てそのまま帰ってくれ。私は心の中で強く祈る。

 だが、その祈りは通じなかった。


「あ、そうだ女将さん。今日妹が帰ってくるから夕飯ここの餃子にしようと思うんだけど、テイクアウト予約できる?」


 男は思い出したようにそう言うと、ずかずかと店内に入ってくる。

 女将さんの「クリスマスイブに餃子で良いのかい?いくついる?」という呑気な声と対照的に、私は一人緊張が高まっていく。


「うーん、とりあえず二十個ぐら……」


 女将さんの方へ歩いていっていた男が、私たちのいる席のすぐ近くでピタリと止まった。そして彼は私の顔をじっとのぞきこむ。無駄な抵抗だと知りつつも、私は必死に壁の方を向く。


「……夏怜?」


 男は戸惑い気味に私の名前を呼んだ。……もうだめか。


「……久しぶり、兄さん」


 私は深くため息をついて、男──直島冬弥を見た。

 ハルさんは初め、私の住んでいたアパートの大家さんに兄の名を騙っていたが、今目の前にいる男こそが、本物の私の兄である。