やっぱり彼女は溺愛されていることを知らない

 ヨツビシのロバ(釜本)に連れ去られそうになったときとは全く違う。胸がドキドキしていたが不安から来るものではなかった。それどころか淡い期待をしてしまう自分がいた。

 そんなことないのに、と冷静な部分の私が頭の中でささやく。

 部長が良くしてくれるのは私が彼の部下だから。

 私の好意を拒否しないのは彼の優しさ。

 誤解しては駄目。
三浦部長と手を繋いだまま階段の踊り場に出る。そこで彼は足を止めた。

 しいんと静まった空間に妙な緊張感が走る。静か過ぎて私の心臓の音まで聞こえそうだった。

「大野」

 三浦部長が振り向いた。

 人間ってこんなに怖くて赤い顔ができるんだ、と私は感心してしまう。

 あ、ひょっとして私、常務の部屋で粗相をしてしまったのかな。

 うーん、何かやったかなぁ。