やっぱり彼女は溺愛されていることを知らない

 いや、声だけではない。肩も小刻みに震えている。感情の昂ぶりが表に出ているのだ。

 絞り出すように。

「ですが、私にはこれしか」
「本気で言ってるんじゃないんだろうね。少なくとも私はそんな程度のことしかできない奴に育てた覚えはないよ」

 うっ、と三浦部長が言葉を詰まらせる。

 武田常務が部長を睨みつけたまま深く息をつく。心の底から不快さを吐くかのようでもあった。

 彼はソファーの背もたれに身を預けると目を瞑る。深呼吸すると怒声を発してから少し変わっていた口調を和らげた。

「拓也、楽な道を選ぼうとするなよ。もうちょっとあがこうとか思わないのか? そんなに簡単に辞められるほどこの会社への愛着はないのか? それに私に頼ってくれたっていいんじゃないのかね? 辞表を提出するだなんて寂しい真似をするのはやめてくれよ」