やっぱり彼女は溺愛されていることを知らない

 何て言ったんだろうと首を傾げているとロバが私の手をとった。

「えっ」

 急に手を引っ張られて戸惑う私の意志など無関係にロバがずんずんと歩きだす。三浦部長たちは私たちに気づかないようで誰も咎める者はいなかった。

 抵抗してもロバの力は強い。私の細腕では逆らえない。

「あの、釜本さん?」

 私が声をかけるが返事はない。

 角を曲がりみんなの姿が完全に見えなくなる。心音が嫌なくらい大きく響いていた。

 ロバに握られた手が熱い。そこから浸透するように彼の温度が伝わってくる。手を引っ込めたいのにそれが出来ないくらい怖い。

 私は引っ張ってくるロバの後頭部を見上げる。茶色がかった黒い髪が妙に猛獣の毛並みのように見える。ロバの癖に肉食系だなんて反則だ。でもどこにその苦情を訴えればいいのか私にはわからない。

 少なくともロバでは駄目だ。

 私の訴えなど軽く一蹴されてしまう。