やっぱり彼女は溺愛されていることを知らない

 ちらと彼のコートのポケットに目をやる。彼の手と私の手が入ったポケットはその存在を主張するかのように大きく膨らんでいた。

「そうだな」

 北沢さんの二重瞼の目が私のコートを見つめる。数秒の沈黙の後に彼は言った。

「コート、もっとあったかそうなの買ってやろうか?」
「えっ」
「それすげぇ薄いだろ。そんなんじゃ凍えちまうぞ」

 口調が乱暴だけど声音には私への気遣いが感じられた。先輩は優しい。地方に飛ばされる前も今も彼は優しい。

 優しいから薄いコートを着ている私に新しいコートを買い与えようとしてくれている。

 それはとてもありがたいことだ。

 ありがたいことなんだけど……。