やっぱり彼女は溺愛されていることを知らない

 無理に何か言ってみる。

「ききき、今日は冷えますね」

 我ながら酷いセリフである。

 でもこれを口にするのでさえ相当に苦労したのだ。

 うん、頑張った私。

 北沢さんが口の端を上げた。

「おいおい、声が震えてるぞ。そんなに寒いのか?」
「さささ、寒いですよ」

 嘘である。

 まあ安物の薄いコートだから寒いのかもしれないけどドキドキしすぎてそれどころではなかったりする。

 実際の寒さよりも身体の火照りのほうが問題なのだ。

 や、やっぱり北沢さんの手から逃れてポケットの外に手を出さないと駄目かな。