やっぱり彼女は溺愛されていることを知らない

 私の目の前にネズミおじさんがいる。

 電車の中で中森さんに絡んでいたあのネズミおじさんがいる。

 あまりのことにうまく反応できずにいるとネズミおじさんことヨツビシ工業の福西部長がにこにこしながら私に目を向けた。ねっとりとした視線に軽い寒気を覚える。

 うわっ、駄目だ。

 ここから逃げ出したい。

 というかさっさと消えて欲しい。

 息しないで欲しい。

 私はともすれば悲鳴を発しそうな自分を全力で抑えた。テーブルの下で両手をぎゅっと握る。

 我慢我慢我慢……と胸の内で呪文のように繰り返した。

 いっそ本当に呪文を唱えられれば良いのだけれど残念ながら私にそんなスキルはない。あったらとっくに使っている。ネズミおじさんなんて一瞬でサヨウナラだ。