やっぱり彼女は溺愛されていることを知らない

「部長、こっちですよ」

 奥から一人が現れ彼を手招きする。そのせいで彼が団体の九人目だとわかった。しかも部長さんだ。信じられない。

 というか信じたくない。

 私、夢を見ているのかな?

 これタチの悪い夢だよね?

「あぁ、今行くよぉ」

 ご機嫌な口調で彼が応じる。間延びした声は疑いようもなく彼のものだ。

 灰色のスーツを着た彼はその容貌と相まってネズミに見える。まるでネズミおじさんだ。

「お久しぶりです福西(ふくにし)部長。こんなところでお会いするなんて奇遇ですね」
「そうだねぇ。でも北沢さんも元気そうで何よりだよぉ」
「……」

 にこやかに言葉を交わす二人を私は無言で見つめる。相手は取引先の部長さんだし挨拶くらいはしたほうがいいんだろうけど、驚きが大きすぎてうまく反応できない。

 私は数日ぶりにネズミおじさんと遭遇したのであった。