やっぱり彼女は溺愛されていることを知らない

 戸惑ったように彼女が短く発する。

「ちょっ、何を」

 それには応えず私は中森さんの手を引いてホームへと飛び出した。アパートの最寄り駅はまだ先だがそんなことは言っていられない。

 ただもう必死だった。

 発車を報せるアナウンスに続いてドアが閉まり、ネズミおじさんを乗せた電車がゆっくりと遠ざかっていく。私はぽかんとしている中森さんと一緒に夜の街へと飲み込まれていく電車を見送った。

 それにしても、あのおじさんヤバかったなぁ。

 あの調子で他の人に絡まなければいいけど。

 そんなことを考えていると中森さんが乱暴に私の手を振りほどいた。

「いつまで握ってんのよ」
「あっ、ごめん」

 怒りのせいか中森さんの顔が赤い。でも、睨んでくる目は電車の中にいたときほど鋭くなかった。