海には、神様がいて、本当は人魚様もいて、それで、世界を動かしている。そう信じていた、ふたり。

それだったら、この花たちはどうなるのだろう。

水辺線の向こうの秘密を瀬戸周は、死ぬまで知らないままでいる。


遠ざかっていく花びらの軌跡がまるで澪のようだった。
美しいものは美しい、儚いものは儚い。

ふたりは、ひとりとひとり。




「周、」



不意に、香るはずのない金木犀の香りを感じた。

涙が、落ちてしまう。もうほとんど消えかけの思いの全てを、この景色に置いていく覚悟をようやく決める。




“どうか、一番大切な人を見つけてください。”

「………、あまね」


“私は、周が一番大切だよ”



瞼をとじると、海猫がいる。隣には制服を着た周がいる。二羽目。ふす、と柔らかく笑って、今日も花ちゃんだなあ、と周が言う。


私は、幸せだった。




懐中時計から流れる渚のアデリーヌだけが、
しばらくずっと夜の海に鳴り響いている。