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懐中時計の音がいつの間にか途切れていた。
波の音だけが鼓膜を揺すっている。懐中時計をワンピースの上にのせて、はらり、と落ちてきた横髪を耳にかける。
懐かしい、という気持ちからもいつの間にか取り残されている。
海に広がる夜の紺色を、私たちで眺めたことはあんまりなかったような気がしていた。上手な呼吸をおこなう明るさでしか、私たちは海に向き合ってこなかった。
遠ざかってゆく。
いつからなのか、正しい答えは知らないけれど、私たちの場合、物理的な距離が離れる、というのは、心の距離が離れてしまうことと等しかった。おなじかたちの気持ちを、まったく共有していなかったから。
恋心は甘く儚く、大切、とは途方もない。
だから、遠ざかっていった。
瀬戸周が、私の隣から物理的に離れる決断をしたことが、そもそも「ふたり」という単位に決着をつける準備だったのかもしれない。
それでも、あの日にすがりついていた。「離れたくない」と、本音を打ち明けて泣いたあの日の周の言葉に、私はずっとしがみついていた。
瀬戸周があの日、嘘をついたとは思っていない。
今も彼を責める気持ちは一切ない。
だけど、私は恋というものの陳腐さを瀬戸周をもって思い知った。
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懐中時計の音がいつの間にか途切れていた。
波の音だけが鼓膜を揺すっている。懐中時計をワンピースの上にのせて、はらり、と落ちてきた横髪を耳にかける。
懐かしい、という気持ちからもいつの間にか取り残されている。
海に広がる夜の紺色を、私たちで眺めたことはあんまりなかったような気がしていた。上手な呼吸をおこなう明るさでしか、私たちは海に向き合ってこなかった。
遠ざかってゆく。
いつからなのか、正しい答えは知らないけれど、私たちの場合、物理的な距離が離れる、というのは、心の距離が離れてしまうことと等しかった。おなじかたちの気持ちを、まったく共有していなかったから。
恋心は甘く儚く、大切、とは途方もない。
だから、遠ざかっていった。
瀬戸周が、私の隣から物理的に離れる決断をしたことが、そもそも「ふたり」という単位に決着をつける準備だったのかもしれない。
それでも、あの日にすがりついていた。「離れたくない」と、本音を打ち明けて泣いたあの日の周の言葉に、私はずっとしがみついていた。
瀬戸周があの日、嘘をついたとは思っていない。
今も彼を責める気持ちは一切ない。
だけど、私は恋というものの陳腐さを瀬戸周をもって思い知った。



