きみは幽し【完】








渚のアデリーヌ。


知らない音楽に名前がついた。

懐中時計が再び静まる。時計の針だけが、規則正しく動いていた。



今から、秘密を打ち明けようと思う。
私の一番脆い部分をきみにあげる。


一度、懐中時計を箱にしまって、慎重にコンクリートの上に置いた。
じっと私を見つめる周と、丁寧に瞳を合わせる。



人は鏡だ。

だけど、今は私だけが怯えている。

周の瞳の奥には綺麗な珊瑚礁がある。
そこに集中して、唇を震わせる。




「ずっと周に言いたかったことがある」


「う、ん」
「私ね、」
「うん」
「……私、誰かを好きになる、ってことが、どれだけ頑張っても分からない。恋とか、愛とか、それが全然、分からない」
「……うん」
「恋愛感情というものが、私にはないと思う。私の好きは、いつもちょっと寂しいんだ。あのね、調べたんだ。何かが変だって思って、ちゃんと調べたの。周、……私、アセクシャル、かもしれない」
「アセク、シャル?」
「うん、性的にも恋愛的にも誰にも惹かれないの。家族も、みんなも、動物も、同じ場所に好き、がある。大人になれば変わるのかもしれないけれど、変わらないような気がしている。だから、周と私の好きはたぶんずっと違うままだ。でもね、いちばんを決めなくちゃいけないのなら、これだけは断言できる、」
「うん」