きみは幽し【完】

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灯台の下にたどり着いたときには、もうすでにサンセットは死んでいた。


一人分の靴の音が鈍く響いている。

オレンジ色を垂らしていた澪は、一切見えなくなっていた。ブーケが私の体温を少しだけ奪っていく。コンクリートの上に腰をおろして、ようやくブーケから手を離せば、腕を潮風が撫でていった。



穏やかな波の音がする。

瞼をおろして波のリズムで記憶をたどると、
消えかけの私たちが肩を並べて海猫の話をしている。





一羽目、二羽目、三羽目。
周は、首をすくめて笑っている。

四羽目、五羽目。
花ちゃん、とその声のかたちを忘れてしまったのはいつだろう。

六羽目。
花ちゃん、ずっとそばにいる。

七羽、目。瀬戸周が幸福に身を包んで誓いをたてていた。


八、羽、目。




「あまね、」


瞼をあげれば、紺碧の向こうに水辺線が降りているのが目に入った。


発光しないから、生きていない。夜の海は、一番静かである。
華々しい照明の明るさも、ここには存在しない。

誓う、という儀式は、過去との決別でもあるだろう。


水辺線の向こう側が本当にあるのかどうか私たちは知らない。

知らないまま大人になってしまった。
周は、もう、大人になってしまったのだ。

これから、もしも、私だけが向こう側の秘密を知ったとしても彼に教えることはないだろうし、その逆もしかりだ。


海猫の数を正しく数えて生まれる会話など、
私たちには、ひとつも残されていなかった。