「……花、です」
「やっぱりそうかい。綺麗になったねえ。で、どうしたのよ、急に」
「いや、……金木犀のアイスバー、食べたくなって」
「ああ、なんだ。それだったら、今年だけ作っとくんだったよ」
懐かしい。
懐かしい、とは、とても不透明な感情だ。
幸せも不幸せも同じ濃度になって煮詰まって、その箱にはいる。
金木犀のジャム、バニラと混ざったときの香り。
高校を卒業してそのアイスのことなんて忘れていた私。
いや、きっと、私たち。
執着の解けた先では、失うものより得るもののほうが多かっただろう。好きは、脆い。愛は、脆い。だけど、一瞬という意味の分からない永遠のうちには、脆弱さと強靱さを平気で両手に抱えている。だから、やっぱり海猫のことを考えている方が何億倍もマシだ。
その気持ちだけは、ずっと変わらないと思う。
ブーケを持つ手が、痺れてきた。
そろそろ、海へ向かおうと思う。
「そういえば、花ちゃんのボーイフレンドは元気かい?」
「ボーイフレンド?……ああ。周のことですか?」
「そうだ、そうだ、そういう名前だったなあ、周くん」
「周がボーイフレンドだったことなんて、一度もないですよ」
「あの子、金木犀のアイス、よく買ってくれてた気がするねえ」
「そうですね」



