きみは幽し【完】





うれしそうに顔を綻ばせる周をじっと見ていたら、彼には物欲しそうな目を向けていると思われたのか、「食べる?」とアイスを差し出された。



「一口目は、買った人が食べるんだよ」
「ほーほー、それは、花ちゃんルールだな」
「周ルールは、違うのかい」
「俺のルールは、一口目は花ちゃん」
「そうだったけか。では、遠慮なくいただくことにするぞ」
「ふす、何、その喋り方、変だぞ」



長方形の一角を壊して、口に含めば、
甘いバニラに混じって金木犀の香りが口の中を満たしていく。

こればかりは、五感すべてで感じてみても、“香り”にしか変換されない。


周は一口目を堪能した私を楽しそうに眺めて、
それから反対側の角にかじりついた。

海猫は、今日はあまり見かけない。


アイスを食べる周の隣で、最近よく聞いているピアノの曲を鼻歌で奏でる。ピアノは弾けない。だけど、好き。周が小学生の時にピアノを習っていたから、よく家まで聞きに行っていた。




「その曲なんだったっけ」
「分からないけど、とても好きなの」
「俺、弾いたことあるよ。それ」
「ふうん、周でも弾けるんだから簡単な曲か」
「花ちゃんは、すぐそういう言い方する」


とん、と投げ出した足で弱々しい攻撃をされたから、
肘で脇腹をつついて反撃した。

周は、ふす、と笑っている。