「……力が使えないこと、正直に陛下に申し上げるしかないんだわ。ユフェ様のお世話は力不足だもの。侍女長に配置換えをお願いしても聞き入れてもらえなかった。だから、わざと陛下がいない時を狙って職務怠慢を起こしたのに。それでも現状は変わらない」
ロッテは耐えるようにスカートを強く握りしめる。
話を聞いてシンシアはその考えが何となく理解できた。
イザークに職務怠慢がバレたらただでは済まされない。きっとすぐにでも処刑しろと言い出すか、最悪の場合剣を抜いて自ら手を下すかもしれない。
できるだけ内密に済むようにイザークの前ではユフェの世話をして、それ以外では世話を放棄していたのだ。
(愛猫重症患者のイザーク様の前なら私もそうする。でも、ロッテが抱える問題はそれだけじゃない気がするわ)
ロッテは今まで息をするように動物たちと対話して暮らしてきたはずだ。突然言葉が分からなくなってしまうことは彼女の当たり前だった世界の崩壊を意味する。つまり、ユフェの世話を続けることは辛酸を嘗めることなのだ。
手の甲で目尻に溜まった涙を拭うロッテは鼻をすすりながら続ける。
「お父様だけには知られたくないわ。庶子の私は今度こそ幻滅されて見限られてしまう。ランドゴルの力を持たない私は価値のない出来損ないだから。――ううっ、また頭が痛くなってきたわ」
額を押さえながらロッテは扉横の壁に設置された飾り棚へ手を伸ばす。
シンシアは視線を動かして飾り棚の上にある茶色いガラス瓶を見た。ラベルが貼られ中には丸薬がいくつも入っている。
至って普通の薬瓶。だが、先程の不穏な気配を感じた。
『……もしかして、瘴気みたいな気配の正体ってあの薬!?』
確認のため意識を薬瓶に集中させる。思った通り、一つ一つの丸薬からまざまざと瘴気を感じ取った。