(嗚呼、今なら撫でてくれと言わんばかりにお腹を出して寝っ転がる、近所の犬の気持ちが分かるかもしれない。私猫だけど――って、駄目よ! 何で自分を殺そうと躍起になってる相手に懐こうとしているの!!)

 慌てて手から逃れようと移動するが、否応なしに抱き上げられる。


「そろそろ部屋に帰ろうか。宮殿を探検するのもいいが、あまり人気が多いところは彷徨くな。悪い輩がおまえを攫うかもしれないし、毛並みが美しいからと毛皮にされるかもしれない。可愛いすぎて剥製にされるかもしれない」

 シンシアを抱き上げたイザークは深憂に堪えない様子で悪い想像ばかりを巡らせる。
(この人、ほんっとーに猫に対して異様な執着をみせるけど。……大丈夫かな?)


 シンシアの心配を余所にイザークは懊悩している様子だ。
 深い溜め息を吐くと、空いている手で前髪を掻き上げた。

「……となると、ユフェ専用の護衛騎士をつけるべきか」

 猫に護衛騎士という発想はあまりにも常軌を逸している。しかし発言した当の本人は至って真面目だった。

 シンシアがじとっと半眼になっていると透かさず「いや、それはやめておこう」と呟いた。正気に戻ったのだと思って、シンシアは安堵の息を漏らす。が、その考えは甘かった。


「護衛騎士の方が俺よりもユフェと過ごす時間が多いなんて我慢できるものか。絶対に許さない」
 イザークの思考についていけず、シンシアは開いた口が塞がらない。

(駄目だ、この人病気。愛猫重症患者だわ。今すぐ更生施設に放り込んだ方が良いわよ)

 独占欲を曝け出しブツブツと呟くイザークはシンシアが呆れ果ててげんなりしていることに気づかなかった。