『猫の足だと歩幅が小さいからやっぱり疲れるわね。これだと宮殿から脱出できても教会まで何日かかるかな』

 気が重くなって深い溜め息を吐いていると、背後から黒い影に覆われた。
 また猫好きの使用人に見つかったのだろうか。

 美味しいご飯をもらっているし、良くしてくれるので疲れていても無下にはできない。
 シンシアはくるりと後ろを振り返り、可愛らしく鳴いてみせた。


「こんなところで何をしているんだ?」


 目の前の人間は真っ黒の靴に同じく黒のズボン。光に当たれば艶やかに輝く金糸で刺繍された黒の上衣を着ている。

(何だか声も出で立ちもイザーク様そっくりね)

 シンシアはしげしげと黒い上衣を眺めた。さらに上へと視線を動かすと、そこには紫の瞳を炯々と光らせるイザークの頭が乗っていた。


 シンシアは吃驚してぴゃっと飛び上がった。

(イ、イザーク様っ!? 今はまだ仕事中のはずよ? なんでこんなところに!?)
 部屋に戻ってくる夕方まではまだ時間がある。こんな時間に廊下を彷徨いているなんて珍しい。

「もしかしてユフェ……寂しくて俺を迎えに来てくれたのか? 今日は仕事が速く終わったんだ」

 シンシアの前にしゃがみ込むイザークは嬉しそうに鋭い瞳を細める。スッと手が伸びてくると、指の腹で顔周りを撫でられる。
 最初は驚いてびくついたが、ゆっくりとマッサージするような優しい手つきに身体の力が抜けていく。
 さらに顎下を指先で撫でられ、あまりの心地良さにもっと触って欲しいと自ずと頬を彼の手に擦りつけてしまう。