「ミャウ」

 侍女の足下まで歩き、挨拶をすればたちまち黄色い声が上がる。この侍女たちは掃除係で昼頃になると一仕事終えて廊下に現れる。そのタイミングを狙ってシンシアは彼女たちの前に現れることにしていた。

「もしかして今日もお腹が減っているの?」
「ミッ!!」
「ふふ、厨房へ行きましょう。私の友達があなたが来るのを首を長ーくして待っているわ」


 嬉しくて尻尾がピンと立つ。
 人間だった頃のプライドはないのか? と、訊かれそうだが貧民街で行き倒れていた経験上、プライドで飯が食えた例しがないし、そんなものより命の方が大事だ。

 侍女の一人に抱き上げられて厨房へと向かっていると、前方の人だかりが目に留まった。中心にはうら若い騎士が甘い笑顔で接している。
 焦げ茶色の髪に切れ長のアイスブルーの瞳をしていて、右の目元には色気漂うほくろがある。女心をくすぐる美貌に周りの侍女たちは溜め息を吐き、頬を紅潮させて秋波を送っていた。

 見覚えのある顔だったのでじっと観察していると、シンシアを抱いている侍女がどうしても虫が好かないといった様子で言葉を漏らした。

「あらカヴァス様だわ。相変わらず女の子に大人気ねえ」
 名前を聞いてシンシアは彼がイザークの側近騎士であることを思い出した。
 女性関係に耽溺しているように見えるが剣の腕は相当だとルーカスから聞いたことがある。

 シンシア一行は遠巻きにその集団を横切る。カヴァスは誰に対しても平等に甘い笑顔を向けていて時折、顔と手を侍女の耳元に寄せて囁く仕草をする。
 相手はたちまち顔を赤くしてのぼせ上がっていた。