「ちょ、ちょっと待って。こっ、この人って……イザーク様じゃないの!!」

 見たことがあるなんてものではない。彼は三年前の戴冠式後の宴の席でトマトジュースを掛けてしまった相手である。

(あの時はトマトジュースの演出もあって血みどろ殺人鬼みたいで本当に卒倒しそうになった。ヨハル様がフォローしてくださったおかけでことなきを得たけど、暫くじっと殺意の籠もった瞳で睨まれていたのよね……)


 後に聞いた話だが、彼は『雷帝』という異名で貴族たちから恐れられている。
 その由来は三年前の先帝が崩御し、帝位に就くために兄弟を殺したばかりか気に入らない臣下やその家族をも処刑して財産を奪ったからだ。

 シンシアは国唯一の聖女だがその力を失えばただの小娘だ。さらに言えば代わりとなる聖女は現れるのだから処刑されてもおかしくなかった。だが、こうして頭と胴体が繋がっているのはシンシアよりも不敬を働いた貴族が会場にいたからだった。

 戴冠式でその貴族とシンシアは挨拶を交わしたが優しい人で、印象はとても良かった。
 しかし次の日にはイザークの命で一族諸共、断頭台の露と消えたと中央教会へ祈りに来ていた誰かが話していた。

 以前のことを思い出し、ぶるりと身体を震わせる。今回は絶対に粗相がないようにしなければ。


(でも、あれ? 私って今……イザーク様の上に載ってるわよね?)
 これは完全に不敬ものだ。バレたら処刑されてもおかしくない。
「ひぃっ! 一刻も早く降りなくちゃ!!」


 起こさないように慎重に足を動かす。
 前足を地面につけ、残りは後ろ足を動かすだけだ。

 だが突然、ガシリと大きな手に身体を掴まれてしまった。