最初に現れた馬に跨がるのは黒髪に鋭い紫の瞳を持つ、この世で最もシンシアが恐ろしいと思う相手だった。その後ろの馬には、焦げ茶色の髪に切れ長のアイスブルーの瞳の青年が乗っている。

「あの距離から短剣を命中させるなんてお見事でしたよ陛下」
「それなら弓矢で命中させるカヴァスもだろう」
(イザーク様! カヴァス様!)


 シンシアは目を見開いた。まさか二人がここに来るなんて思ってもみなかった。
(二人の周りに守護の結界が張られている。イザーク様は守護も使えるの?)

 すると、カヴァスの背後で動く影が目に映る。
 目を凝らせばそれはリアンだった。
「ありがとうリアン。君のお陰で泉まで安全に移動ができたよ」

 カヴァスがリアンを労うと、リアンは何でもないといった様子でさっと馬から下りる。
 話を聞いたルーカスが眉間に皺を寄せて唇を震わせた。

「な、なんでただの修道女のはずのあんたが、精霊魔法を使えるんだよ!?」

 意外な人物にシンシアも驚いた。これまでリアンから精霊魔法が使える話は一度も聞いていなかったのだ。
 リアンはその問いに淡々と答えた。

「精霊魔法が使えても神官になりたくない者もいるんですよ」

 するとルーカスが鼻を鳴らして噛みついた。

「持っている自分の力を誇示しないなんてただの馬鹿だろ」
「皆が皆あなたのような考えを持つとは限りません。……それにしてもこの泉は随分と淀んでいます。鉄の掟の誤った解釈が浸透したせいで魔王の核が浄化しきれていない」
「魔王の核? 魔王は浄化石の中で眠っているんじゃないのか?」

 胡散臭そうにルーカスが尋ねるとリアンはきっぱりと強い口調で言う。

「いいえ、あれは魔王の核です。よく見なさい。あの結晶が紫色をしているのは浄化が中途半端に行われて放置されているからですよ」