(一応主流魔法も習っているから攻撃できる。できるけど、使ったところで冬の静電気みたいにちょっとバチっとなる程度よ)

 あれも不意打ちをくらうと痛い。だがそんなレベルの攻撃で上級の魔物を倒せるわけがない。
 それでも、シンシアには負傷者を守る義務がある。

(――私は聖女だから)

 少しでも時間を稼いで応援が来るのを待つしかない。シンシアは守護の精霊魔法を使って大がかりな結界を展開した。
 ティルナ語で詠唱を終わらせるとすぐに軽傷の騎士に治癒を施して応援を呼んでくるように頼んだ。
 彼が馬に跨がって駆けていくのを見送った後、改めて魔物と対峙する。


 目の前の魔物は見た目がネズミのような頭で額には魔物特有の赤色の核を有している。目玉が三つもあって常にギョロギョロと忙しなく動いていて、とにかく気持ちが悪かった。

「ここにいる人たちは指一本触れさせないわ」
 結界を挟んで睨み合っていると、にわか雨に襲われる。
 雨脚が強くなり、前がはっきりと見えないほどの降りになった。そんな中、不気味な笑い声が結界の向こうから響いてくる。


「ククク、それはどうかな。こんな結界など自慢の前歯で齧ってやる」

 やはりといったところだろうか。見た目同様に思考はネズミのようだ。
 ただし上級ともなればその前歯の攻撃力は馬鹿にできない。破壊されそうになる度に新たなる結界を展開し、厚みを増していく。

 持久戦に持ち込んだが、向こうは単なる物理攻撃のみなのでいずれシンシアの魔力が尽きてしまえば終わりだった。


(お願い、早く。早く応援に来て!!)

 雨に打たれる中、必死に心の中で祈る。祭服が雨を吸い込んで重みを増していくように感じる。それは雨の重みなのか、それとも背負っている命の重みなのか。
 シンシアは唇を噛みしめると精霊魔法に集中した。

(ここにいる人たちは絶対に助けたい)
 強い意志とは裏腹に聖力は消耗し続け、限界を迎え始めた。


 もうここまでかもしれない、と心の中で弱音を吐いた時だ。
 祈りに答えるように空がシンシアに味方した。