「ご報告が一つあります。今回の瘴気の発生源ですが原因は水にあるようです」
「水?」

 イザークとカヴァスが怪訝な表情でキーリを見つめると、彼は赤い印の上に人差し指をトンと置いて滑るように動かし始める。

「瘴気が発生した数百メートル以内にため池があります。この時季、ため池の水は灌漑に用いられるので水嵩が減ります。減った分は河から新たに導水して貯水します」

 確かにネメトンと集落の間には森があり、いくつかため池が存在する。しかし灌漑用のため池と瘴気がどう関係すのか考えても疑問が深まるばかりだ。
 キーリは魔力酔い止めの薬を思い出すように言ってさらに説明を続ける。

「あの薬は水と一緒に飲むことで成分が溶け出し、効果が現れます。清浄核には体内の魔力を調整する作用がありますが、魔瘴核は邪気を含む魔力なので身体が受け付けず、中和させるために服用者の魔力を消費させて魔法が使えなくなります。要するに、魔瘴核は水性なんです」

 そこまで話を聞いて、イザークは漸くキーリが言わんとすることが分かった。

「つまり、ため池に魔瘴核の欠片が入っていてその水が蒸発して瘴気になった」
 そういうことなのか? と視線で訴えるとキーリは頷いた。


 この時季のため池の水は灌漑に使用されることから、瘴気を含んだ水は水路から流れ出てしまう。新たに貯水用の水が流れて来ることで、ため池内の瘴気の濃度が薄まる。

「神官が血眼になって瘴気の元を探しても見つからない訳だね。小賢しい真似をするねえ」
 カヴァスは感心すると、キーリは「本当に」と言って憤懣やるかたない口調になる。
「調査団に調べさせたところ、案の定ため池の中から魔瘴核の欠片が出てきました。ご丁寧に精霊の加護である組紐文様で魔瘴核を編み込んでいたこともあり、神官が察知しにくい状態でした。恐らく中庭も同じような魔瘴核の欠片があると思います。最も怪しい井戸を調べさせていますのでじきに僕のところに連絡が入ります」

 そこで納得できないといった様子でカヴァスが側頭部に手を当てて口を開く。
「どうしてこれまで行き詰まっていたのに、こうもあっさりと分かってしまったんだい?」
「それは、魔力酔い止めの薬と調査団やヨハル様の話がヒントになりました」


 すると、丁度麻袋を手にした文官が扉を叩いてやって来ると、キーリにしか聞こえない声でひそひそと話し込む。

「ど、どういうことですか!?」
 キーリは声を荒げ、麻袋を受け取って中身を確認する。尋ねられた文官は驚いて身体を揺らしたが、やがて分からないと首を横に振った。