(……一体これはどういうこと?)

 シンシアは両手に持っていた盥を地面に落とした。その拍子に盥がひっくり返って中の水が地面に広がる。
 重傷者に治癒の魔法を施して軽傷者のいるテントへと移動していたその矢先、黒くて大きな塊と鉢合わせになった。

 小さな魔物一匹たりとも近づけないと胸を張って宣言したあの隊長を思い出しながら、シンシアは目の前の魔物を呆然と眺めていた。二メートルはくだらないこの巨躯をどうやって見逃したのだろう。


(あの嘘つきっ!! 討伐部隊の目はガラス玉なの!?)

 相手からびりびりと感じる魔力から上級の魔物であることは間違いない。上級になると瘴気を持つものも出てくる。

 瘴気を持っている場合は魔物近くの空気が汚染されてしまう。瘴気は濃度と吸い込む量によって人体に影響が出る。軽度の場合は頭痛や目眩が、中度になると幻覚が、重度になれば正気を失い錯乱状態に陥る。また、神官クラスや上級の魔法使いしか肉眼で見ることができない。ここにいる負傷者に上級の魔法使いレベルの人間は少ない。


 不幸中の幸いか、この魔物は瘴気を持ってはいなかった。とはいっても逼迫している状況は変わらない。負傷者しかいないこの場所で戦えるのはシンシアだけだ。しかし、専門といえば守護と治癒、そして浄化の魔法のみ。