「シンシア様が魔物の呪いなどの災厄から身を守れるよう、特別な薬湯のお風呂に入れていました。お風呂が嫌いで十分とは言えませんけど――とにかく、厄災に遭ってもそれを弾くようにしているので安心してください」

 イザークは厄災から逃れるための薬湯など聞いたことがなかった。恐らくそれは秘薬だ。

「何故、聖女にそこまでするんだ?」
 イザークが尋ねると、リアンは眉尻を下げて表情に暗い影を落とした。
「常若の国を追い出されて二百年余り。自分の存在が知られることを恐れて私は他人に無関心であり続けました。でもそれだと好意を寄せてくれた歴代聖女たちに不誠実だと気づいたんです。だから私はあの子にこれまでのあの子たちの分も含めて償っています」

 リアンは最後にもう一度イザークにシンシアのことを頼み込むと、カヴァスが作った転移魔法で中央教会へ帰って行った。


 キーリはすぐに調査に取り掛かるため、一足先に聖堂を後にした。
 残ったカヴァスは話が終わったとソファに腰を下ろして息を吐く。

 少々疲れている様子からリアンがこちらを訪れて戻るまでの間、人払いの魔法を掛けていたのだと推測できる。

「リアンが危険を顧みずに全面協力してくれるなんてフォーレ公爵家の人間以外で初めてのことだ。ほら、貴族たちの間には未だに馬鹿な迷信があるだろう?」

 迷信というのは『精霊と人間の間に生まれた子の肉を食べれば不老長寿が得られる』といったもの。
 アルボス帝国では人身売買などは禁止しているが闇市場や組織は存在する。カヴァスが近衛第一騎士団と側近騎士の両方をこなしているのは諜報活動も含めて未だに蔓延るそれらを根絶やしにするためだ。
 そこでイザークはどうしてカヴァスが両方をこなしていたのか、はたと気づいた。

(……全部彼女のためなんだろうな)

 カヴァスには女たらしの印象ばかりを持っていたが実際はリアンのことを一途に想っているのかもしれない。
(もしかすると、それを誰にも知られてくなくてカモフラージュしているのか。……いや、これ以上考えるのは野暮だな)
 イザークは小さく息を吐いて目を閉じるとそれ以上は何も言わなかった。