身に纏っているのは貴族や大富豪の子供が着るようなフリルやレースのついたドレスではなかった。清潔感はあれど装飾の類いはほとんどなく、白いリネンのドレスは明らかに場違いだ。
 さらさらとした金色の髪を揺らしながら、大きな若草色の瞳で不安そうに辺りを見回している。その顔立ちは生まれてこの方見たこともないほど容姿端麗で、本に描かれていた妖精のようだった。

(毒が回って幻覚でも見ているのか?)
 焦点の合わない瞳で観察していると、視線に気づいた彼女がこちらを向いた。人がいたことに安心したのか少女は「あっ!」と弾んだ声を上げた。
 しかし、すぐに心配でたまらない様子でこちらに近寄ってくる。

 イザークは反射的に後ろへと数歩下がったが激しい目眩に襲われてその場に蹲ってしまう。荒い息を繰り返し、床に視線を落としていると、可愛らしい足先が映り込む。

 すると、流れるように少女がイザークの手首を掴んでティルナ語で精霊魔法を詠唱し始めた。歌をうたうかのように抑揚のある声は力強く耳心地が良い。自ずと目を閉じて聞き入っていると、重たかったはずの身体が次第に軽くなり、体調が良くなったことに気がついた。

(この歳でティルナ語を習得し、精霊魔法が使えるのか?)
 イザークはまだティルナ語を習得できていなかった。一年近く勉強しているが、発音は難しく毎回舌がもつれてうまくいかない。
 自分よりも年下の子が流暢にティルナ語で精霊魔法を使いこなせることに驚いて顔を上げると、ひんやりとした手が額に触れた。

「顔色が随分良くなったわ。熱はない?」
 穏やかな笑みを向ける少女は確認するようにイザークの頬や額に何度も触れてくる。
「な、何をするんだ!」

 予測できない行動に戸惑い、どう対処して良いのか分からない。とにかく無遠慮に触れてくる手を勢いで払いのけると、少女は目をぱちぱちとさせてから「ああ」と言うと何か納得した様子だった。それからスカートを摘まんでまだまだ板についていない礼をする。

「勝手に触れて申し訳ありません。今まで街の人たちと接してきていたから上流階級の礼儀作法は勉強中なんです。えっと、体調は平気ですか? もう苦しいところはないですか?」
「っ……」

 イザークは体調を尋ねられて瞠目した。