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「えっと、紬ちゃん、たぶんこうだよ」
「杏ちゃん、こうかな?」
「そう」
「なんか」
「違うよね」


カノジョたちが、何やら2人でヒソヒソと話していた。
可愛らしいこの生き物は、いったいどんな事を真剣に話しているんだろう。

そっと後ろに立ったら、オレのカノジョの方、杏珠(あんじゅ)が、「森君だったら」とか、言ってるのが聞こえた。


「オレがどうしたの? 」


と、いきなり後ろからカノジョの耳元でささやいたら、飛び上がって、パッと後ろを振り向いて、真っ赤になった。


「うわっっっ、森君! 」


と驚いたように言った。
カレシに対してこの反応⋯⋯ 。
2人きりでキスした時は、あんな顔をしていたのにな。
この初々しい態度は、ちょっと物足りないような、いつまでも変わらない杏珠に、結局、振り回されるような気持ちだ。
オレがカレシだと、また一から教え込まなきゃなという使命感に燃える。

「あんじゅ、言って。オレだったら何なの? 」

耳に直接吹き込む。
杏珠の体が跳ねるから、両腕で抱きこんで、ちょっと軽く、いや、半ば本気でギュッとしたが、決して痛くないように細心の注意を払った。

横で杏珠の親友が、この子もまた、杏珠にそっくりな態度なんだが、同じように、真っ赤になって、気まずそうにしている。


「カレシはどこに行っちゃったの? 」


と、ついでに聞いてやったら、


「おい、話しかけんな」


と急にいかつい声がして、日焼けした腕が親友ちゃんを(さら)うように腕に抱いた。

カレシの辻本理玖(つじもと りく)、まぁ、オレの小学校の時からのトモダチなんだが、こいつもカノジョにベタ()れだから、結構ヤバい。
オレがこれだけ、杏珠ひとすじなのに、すぐ警戒して、野生動物みたいに威嚇(いかく)してくるので、親友ちゃんには近寄らないでおこう。

お互い背中でカノジョを隠して、オレは杏珠に集中した。
腕の中の可愛いカノジョは小さいから、オレは杏珠のつむじに(あご)を乗せて、髪の匂いを吸い込んで、体中で抱きしめていたら、


「ぷはー」


と色気のない声で、杏珠がオレの胸から真っ赤になって顔を上げた。
そんなところも、たまらなくなる。


「苦しいよ!森君! 」


とゴソゴソして、やがて楽な姿勢に落ち着いたようだった。


「あのね! 」


杏珠が話しはじめた。


「なに? 」


と優しく優しく答える。
ふふ、一生懸命な表情もいいね。


「昨日テレビで見たんだ」
「何を? 」
「これ! 」


と杏珠が、オレの胸と杏珠の顔の間から、カノジョの手をぎゅぎゅ、っと出して、小さな手を何やら軽い握り拳のようにして見せてくる。


「ん? 」
「ここ! 親指と人差し指! 見て! 」
「ん? 」


もしかして⋯⋯ それは、指ハートか?
親指の腹と人差し指の腹を合わせて、()るようにずらすと、小さなハート型になる、あの指ハート?

一生懸命の手は力が入っているし、杏珠の可愛い小さな手では、ハート型は⋯⋯ ちょっと、見えないかな⋯⋯ 。

杏珠も分かっているらしくて、


「さっきから紬ちゃんとやってるんだけどね、うーん、指が短くて、なんかハートに見えないのよ。森君なら上手だろうなって話してて」


「でも⋯⋯ 」
と言って、杏珠がオレを見た。
カノジョはオレの目をいつもしっかり見るんだ。
隠すものも何もない、カノジョの心の全てをオレに流し込むように。
真っ赤になって、つたなく可愛らしいようでいて、それなのに、ちゃんと確信をついてオレを魅了する。
正直、ドキドキして、完全敗北だ。
もう胸が痛いよ杏珠。

カノジョは(あふ)れるような笑顔で「森君に」とささやいて、つたない指ハートをカノジョの唇に軽く触れてから、腕を伸ばしてそっとオレの唇に触れた。

腕の中で見上げるカノジョの目は、少しうるんで色っぽくて、オレはずきゅんと心臓が音を立て、もうたまらなくなって、そっとカノジョの指を口に含んで軽く歯を当てた。


「オレへのハートなんでしょ?」


カノジョの心はオレのものだとドキドキしながら。
でも、カノジョにもちゃんとオレの深い愛をあげなければ。


「ふふ、じゃぁ、あんじゅにはオレからこれをあげるよ」


と思いを込めて微笑む。
カノジョが、素直に、えっ? と目を丸くする。あぁ、こんな反応がたまらないな。

オレはカノジョの背中に回していた左手で、カノジョの手を恋人つなぎで握り込んだ。
もう片方の右手をオレのブレザーのポケットに入れた。


「ふふ、オレの気持ち」


と思いを込めて言葉にして、それから右手をポケットから出した。
もちろん、指ハートを作って、カノジョに(ささ)げる。
オレのハートを。

杏珠は、オレのポケットと、出した指ハートを真っ赤になって凝視して、深く息をのむ。

握っていた左手が、無意識にぎゅーっと握られた。


「きれい! 森君、すごい、きれいな形よ! 」


ん? 何だか、違うところが誉められてないか?
そりゃ、カンペキな形の指ハートだよ? でも、そっちじゃなくて、オレの気持ちを捧げてんのよ?


「すごい! 」


オレの指ハートに魅入るカノジョに、自分の指に嫉妬するなんて、ふふ、さすがに杏珠はやってくれるね。

オレは指ハートをそのまま杏珠の(あご)にそっと当てて、グイッと引き上げた。オレはもちろん顔を下げてかがみ込む。
杏珠は、ふっくら、少し唇を開けていて、至近距離で目が合った。カノジョの唇から熱い息を感じるぐらいに⋯⋯ 。


「これは知ってる? 」


とギリギリの近さでささやいたら、カノジョがオレに全身をあずけて、


「うわさの(あご)クイ⋯⋯ だよ、もりくん⋯⋯」

とささやきながら軽く目を閉じた。
結局やられたのは、またオレの方。
魅入られて、引き寄せられて、心も魂も抜かれたみたいに、カノジョの唇に熱くかぶりついた。



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⋯⋯ で?ちょっと、あの人たち、邪魔なんですけど。
何やってんのよ、靴箱の前で⋯⋯ 。


とクラスメイトがため息をついていたが、2人には聞こえていなかった。

まあ、いつものことなんだけど。


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