「えっ?」
と辻本君が言った。
重い沈黙が落ちる。
2人で満たされた電車が急に一人きりみたいになった
多分、私、すごい変な顔になってる。
はりついたような、嫌な顔に。
辻本君の足が長くあって、カバンがあって、自然にひざに置いていた彼の手が、強く握り拳になるのが見えた。
苦しい。
息を吐く。
彼もまるで息をしてないみたいに、固まって、拳だけが目につく。
こんな話、何でよりにもよって辻本君に言わなきゃいけないんだろう。
誰にも言っていない。
親友の杏ちゃんにも言えない。
あ、そうか、辻本君だから言わなきゃいけないのか。
私の生活に、今のこの現実に、全く何の影響もない『彼氏』なのに。
1秒ぐらいの『先輩』との瞬間と、今のこの現実。
私は完全にこの目の前の現実でしか生きてないのに、それでも。
不確かな妄想かもしれなかったと思うぐらいのただのあの卒業式での数秒しかないのに、そちらに縛られる。
唐突に、
「いや、いないだろ」
と断ち切るようなキツい声で断言された。
そうかも、と思うぐらい、現実感のない『彼氏』。
スパッと言い切ってくれたから、逆に私の失敗が浮き彫りになる。
でも、いるんだよ、と泣きそうになる。
「誰にも言わないでね」
と言った。
辻本君は、
「言うかよ」
とつぶやいた。
なんか、取り返しがつかない事をしたような、間違った事をしたような、泣きそうな気分、後悔⋯⋯ 。1番大事なものをなくしたんじゃないかと思う。


