オリビアから招待状を受け取り、数日が過ぎたある日。

 ノアがいつものように、仕事を終えて駆け足でオリビアと待ち合わせた公園に向かっていたとき。

「うああああああぁぁぁ⁉」

「っ! なんだ? 今の……」

 突然、路地裏に響く男性の叫び声。

 ノアは足を止め、声の聞こえた方へと歩き出す。

 賑やかな昼間とはがらりと変わった、人影一つない閑散とした路地裏。緊迫とした空気が流れる中、ノアは一歩、また一歩と薄暗い路地裏の奥に進む。

 すると、そこにいたのは——。

「オリビア……?」

 ノアは震えた声で、愛しい彼女の名前を呼ぶ。

 ノアに名前を呼ばれたオリビアはゆっくりと振り返り……口元を真っ赤に濡らした顔で、切なげに微笑んだ。

「……残念だわ。ノアには、最後まで知られたくなかったのだけれど」

 オリビアの足元に倒れているのは、首から大量の血を流す身なりのいい男性。オリビアは口周りについた血をハンカチで上品に拭う。

「オリビア……なんだよ、これっ! まさか……っ、君が、やったのか……⁉」

「えぇ。そうよ」

 動揺の隠せないノアの質問に、オリビアは穏やかな声で答える。

「なんで……っ⁉ どうして、こんな恐ろしいことを……っ!」

「……私が、生きるためよ。動物や保存しておいた血液じゃ、私の喉を潤すことができないの。私達吸血鬼は、人間の新鮮な血液が必要なの」

「吸血鬼って、そんな、馬鹿なこと……」

「信じられない?」

 オリビアはこてんと首を横に倒して問いかける。ノアはその問いに答えることはできなかった。

 オリビアの足元に倒れている男性。彼の首から溢れる生々しい赤い血が、この光景が現実だと示していた。

「……ノアはさっき、これが『恐ろしいこと』だと言ったわよね」

 オリビアは男性を見下ろしながら言う。

「でも、人間だって同じことをするじゃない。生きるために、自分以外の命を奪うじゃない。それなのに、どうして『恐ろしい』だなんて言うの? どうして私達だけ非難され、周りの目を気にして、縮こまった不自由な生活しなきゃいけないの……っ⁉」

 オリビアは、初めて感情を露わにして叫んだ。その声と手は震えていた。

 ノアが何も言えずにいると、オリビアは長い髪を耳にかけて静かに笑う。

「……私は、ノアなら、この世界の理を変えてくれるんじゃないかって、そう思っていたわ。でも……私の期待し過ぎだったみたい。勝手に私の願望に付き合わせてしまって、ごめんなさい」

「オリビア……っ」

「さようなら、ノア」