「演劇部に入部したのか?」
珍しく直斗の方から声をかけられたかと思えば、突然そう質問された。
直斗はリュックを背負ったまま、真っ直ぐにこちらを見据えていて、思わず人参を刻んでいた手が止まる。
……あぁ、そうか。お母さんから聞いたのか。
「まぁ……うん」
VD祭に出場するためとはいえ、私が正式に入部していることは確かだ。VD祭が終わった後に演劇部を続けるにせよ、やめるにせよ、私の高等学校調査書の二年生の部活動の欄には、演劇部と記入されるのだろう。
私が曖昧に返事をすると、直斗はもう一つ質問を投げかけてくる。
「吹奏楽部は、もういいのか?」
「よくはないけど……もう、吹奏楽部には戻れないし」
吹奏楽部の皆とはもう誰とも話していないし、壊れたクラリネットはあの家を出る際に捨ててしまった。
新しくクラリネットを買うには、演劇部のケーブルの弁償代や合宿代とは桁違いの金額が必要になる。
毎日遅くまで働いているお母さんに、そんな大金を請求するなんて……できない。
もう一度吹奏楽部でクラリネットを吹きたいという気持ちがないわけではないけれど、家族に迷惑をかけてまで戻りたいと思ったことはなかった。
「今日はクリームシチューの予定なんだけど、食べる?」
私が自然な流れで話題を変えると、直斗は首を横に振る。
「……くだらねぇ」
「えっ」
「演劇とか、くだらねぇよ。大して内申にも響かないようなことやってる暇があるなら、来年の受験に備えて、今から勉強でもしとけよ」
直斗は吐き捨てるように言うと、こちらに背を向けてリビングから出て行った。
——お前も、こんなものやってる暇があるなら勉強でもしてろ‼
いつだったか、お父さんにも似たようなことを言われた気がする。
……やっぱり、私達にはお父さんと同じ血が流れているんだな。
翌日。私は寝不足の重たい体で二学期の終業式に参加し、山口先生から個票を受け取った。
全体的にどの教科の評価もそこまで悪くはないが、やはり一番苦手としている世界史の評価が低かった。もっと頑張らないと。
ぼんやりとした頭で前の席の女子から回されてきたプリントをファイルに入れ、山口先生の冬休みを迎えるにあたっての話を聞く。
そのまま二学期最後のHRが終わって廊下に出ると、そこにはいつものように森くんが壁に寄り掛かりながらスマホをいじっていた。
「森くん」
私がそう声をかけると、森くんは顔を上げてわずかに目を見開いた。
「水葉……お前、なんか今日顔色悪くね?」
「え……そう、かな」
体調が優れていない自覚はあった。多分、昨日は夜遅くまで寝つけなかったからだ。
ベッドに入って目を閉じると、日野川先輩の冷たい顔と、視聴覚室前に落ちていた紙、直斗の言葉をぐるぐると思い出してしまった。
結局あの紙のことは誰にも言わず、家に持ち帰って私の部屋のごみ箱に捨てた。
変に誰かに相談して、事を大きくしてしまうのも気が引けたから。
「……昨日の夜、遅くまで勉強してたせいかな」
「勉強って、この前テスト終わったばっかだろ」
森くんは私がクラスでいじめを受けていると勘違いしたあのときのように目を細め、眉間にシワを寄せる。
なんとなくその強い目線を正面から受け止めることができなくて、顔をそらし、いつもと変わらない声色で森くんに言う。
「ありがとう。でも、大丈夫だよ」
「ならいいけど……しんどくなったら言えよ」
森くんはぼそりとそう言って、視聴覚室に向けて歩き出す。その歩く速さは比較的ゆっくりで、森くんが私を気遣ってくれているのがわかった。