「……それで?」

「冬休みに、合宿があってね」

 ——高校生にもなって、親に我儘言うな‼

 ——お人形さんはどうしたいの?

 頭の中で、お父さんと日野川先輩の二つの言葉が対立する。

 また過呼吸になりそうになり、大きく深呼吸をする。

 ……大丈夫。ここに、お父さんはいない。

 言っても大丈夫。だから、言わなきゃ。伝えなきゃ。

 私は小さく息を吸って、声を、自分の思いを吐き出す。

「できれば私も……皆と一緒に、合宿に参加したいなって」

 お母さんは無言のまま、机の上のプリントに視線を落とす。プリントの内容を呼んでいるのか、リビングに沈黙が流れる。

 一秒、また一秒と壁時計の秒針が音を鳴らす度に、私の中の不安は大きくなっていく。

 これでよかったのか。お母さんは今、どう思っているのだろう。迷惑な子供だと、呆れられていないだろうか。本当は、我慢するべきだったのではないか……。

 私がお母さんの返事を待ち続けていると、お母さんは静かに言った。

「……いいんじゃないの?」

「……えっ」

 お母さんはプリントを手に取り、尖らせていた唇を緩めて言う。

「部活動の合宿なら、参加した方がいいに決まってるじゃない。大切な思い出にもなるしね。水葉が演劇部に入っていたことには驚いたけど……」

「で、でもお金が……っ」

 あまりにもあっさりと望んでいた返答が来たので、私は自分からずっと気にかけていたことを指摘する。

 するとお母さんは目を丸くして机に前のめりになる私を見つめた後、フッと鼻で笑った。

「あのね水葉。貴方はまだ子供なんだから、そんな家のお金の心配なんてしなくていいの。それより今、自分のやりたいことを思う存分やりなさい。たった一度しかない高校生活なんだから」

 お母さんの声は穏やかで、無理に笑顔を作っている様子はなかった。その声と笑顔は、お父さんと、三人で幸せに暮らしていたときのものと何も変わっていなくて……。

 日野川先輩と台本読みを終えたときのような熱が目元に集中し、言葉では表現できない感情が噴き上がってくる。

 去年のあの日以来の、久しぶりの我儘。

 それを嫌な顔一つ見せずに受け止めてもらえたことが嬉しくて。

「……うん。ありがとう、お母さん」

 私は、お母さんに感謝の言葉を述べるので精一杯だった。