「ありがとうございました!」

 茜色の光が差し込み、微かに琴の音色が聞こえる視聴覚室の中。

 部員達全員で頭を下げて、終わりの挨拶を口にする。

 四月に入部してきた八人の一年生達と同じように早々と帰る支度をする森くんを呼び止め、岡本先生から受け取ったプリントを渡す。

「これ、今年の部活の予算案。来週の水曜日までに生徒会に提出だって」

「うげぇ、めんどくさいな……俺来週は塾で忙しいのに」

「頑張ってくださ~い、部長さん!」

 森くんは横から野次を飛ばす室谷さんを睨んだ後、プリントを受け取ってファイルの中に入れる。

 私達が三年生になって、もう二か月が過ぎた。

 私は森くんと同じクラスになり、今では教室でも部室でもほとんど森くんと一緒にいる。

 そのせいか、以前のような過激な噂は流行を去ったようだが、今でも『白樺と森がつき合ってる』という噂はちらほらと耳にする。

 演劇部では、森くんが部長に、私が副部長に任命され、二人で後輩を引っ張っていくことが多くなった。

 最近では文化祭での公演に向けて練習している。今年は新入部員が多かったので、少し役者が多い劇をすることになり、森くんの演出のもと、必死に台本を頭に叩き込んでいる。

「めんどくさいでしょ、それ。僕も大変だったな~」

 さも当然のように視聴覚室の椅子を陣取る私服姿の日野川先輩は、頬杖をつきながら、森くんの持つファイルを見つめてそう言った。

 あの日の宣言通り、日野川先輩は今でも週に三回ほどのペースで演劇部に顔を出している。そのせいで、去年のことを知らない一年生達には『外部顧問』だなんて呼ばれている。

 私が帰る支度を終えるのを見計らって、日野川先輩は椅子から立ち上がり、こちらに近づいてくる。

「終わった?」

「はい」

「そっか。じゃあ帰ろう」

 二人で視聴覚室から出ようとすると、後ろからひそひそと声が聞こえてくる。

「……あの、室谷先輩。日野川さんと白樺先輩って、つき合ってるんですか?」

「ん~? そうだよっ! 去年からずーっとイチャイチャし続けてきた演劇部公認のカップル! お似合いだよね~」

「違うよ室谷。まだそんな関係じゃないって」

「今、『まだ』って言いましたよね?」

 日野川先輩は室谷さんの言葉を訂正しに行き、竹市さんに揚げ足を取られて戻ってくる。

 それを聞いた一年生達の会話は更に盛り上がり、今度は森くんの名前が出される。

「ってことは……森先輩は、白樺先輩にフラれたってこと?」

「ちょっと、駄目だよ! そんな大声で言ったら……」

「フラれてねーし、そもそもつき合ってすらねーよ!」

 森くんの声と部員達の笑い声を聞きながら、私達は部室を後にする。