二月に入り、VD祭まで一週間を切った。

 三年生は最後の学年末考査を終えて自由登校の自宅研修期間に入ったが、日野川先輩は毎日放課後の部活の始まる時間に部室にやってきた。

 下校時刻ギリギリまで通し稽古をすることが多くなり、日野川先輩との補習の時間もいつの間にかなくなっていた。

 一月よりも緊迫した雰囲気の演劇部。皆が意識を高く持って、必死に練習に励んでいた。

 そんなある日のこと。

「水葉せ~んぱいっ」

 語尾に音符マークがつきそうなほど浮かれた様子の室谷さんが、帰りの支度をしていた私を呼び止めた。

 室谷さんの隣には、竹市さんも立っている。

「室谷さん、竹市さんも、どうしたの?」

「水葉先輩、この後予定ありますか?」

「特にはないけど……」

「じゃあじゃあ! この後、一緒に駅前に行きません?」

「駅前?」

 そろそろ七時になる。

 それなりに遅い時間だけど、なんでこれから駅前に……?

 私が首を傾げると、小道具を職員室に運ぼうとしていた森くんが野次を飛ばしてくる。

「おーおー夜遊びか? この不良娘め」

「それ、ブーメランですよ。誠先輩なら兎も角、優樹先輩にだけは言われたくありません!」

 室谷さんと森くんが言い合っていると、竹市さんが私に耳打ちをしてくる。

「VD祭の差し入れとして、女子達でチョコを買って先輩達と岡本先生に渡そうって、蓮が。……一応、バレンタインデーですし」

 あ、そっか。

 そういえばVD祭の日って、二月十四日、バレンタインデーなんだっけ。

 最近忙しかったし、いつもVD祭って省略した呼び方をしていたから、すっかり忘れてた……。

 私は森くんと日野川先輩に聞こえないように小声で竹市さんに言う。

「えっと……今日、そんなにお金持ってきてないんだけど、それでも大丈夫かな?」

「三人で割り勘しますし、そんなに高いのを買うつもりもないので、大丈夫だと思いますよ。」

 よかった。それなら、大丈夫そう。

 九時までに帰れば、お母さんが帰って来る前に夕食の支度も終わらすことができる。

 私が行けることを伝えると、竹市さんは室谷さんと森くんの間に割って入り、室谷さんに耳元でひそひそ話をする。

 室谷さんはキラキラした目を私に向けると、こちらに駆け寄ってくる。

「それじゃあ、早速行きましょ! 優樹先輩、誠先輩、お疲れさまでした~!」

「寄り道もいいけど、あんまり遅くならないようにするんだよ。また明日」

 室谷さんに腕を引かれ、私は日野川先輩と森くんに小さく会釈をして視聴覚室を出て行った。