ガシャンと大きな音を立てて、床に叩きつけられたリモコンが足元に転がってくる。

「くそ! くそくそくそっ!」

 お父さんは足元に積んであったDVDケースを蹴飛ばして、唾を飛ばしながら怒鳴り散らす。

 お母さんはいつものように下手に出ながら、そんなお父さんを必死に宥めようとする。

 奥のソファーに寝転がってスマホを弄っていた直斗(なおと)は、鬱陶しそうに両耳にイヤホンをつけ、この惨状から一抜けた。

 お父さんが好きで、毎週見ているバラエティー番組。今日の午前中に放送していたその番組の録画が、上手くできていなかったらしい。

 お父さんは仕事を辞めてからずっとリビングのテレビを独占しているので、最近では私も直斗も、お母さんさえもリモコンに触っていない。

 そんな八つ当たりをされても、私達にはどうすることもできないのに。

 お父さんはお母さんの必死な説得に耳を傾けることなく、二人の横で立ち尽くしていた私を睨みつける。

「大体なぁ! お前が俺に『見に来て欲しい』なんて言わなければ、こんなことにはならなかったんだ‼ 高校生にもなって、親に我儘言うな‼」

 我儘。

 私の言ったことは、そんなにも我儘だったのだろうか。

 私はただ、少しでもぎくしゃくした家族の形を昔に戻したくて、四月に入部した吹奏楽部の演奏会に来て欲しいと頼んだ。

 全ての楽器が一つになった透明な音色で、少しでも家のピリピリとした空気を無くしたかった。私がクラリネットを吹いているときと同じように、少しでもお父さんの心が落ち着いてくれたらいいと思った。

 ただ、それだけだったのに。

 私の願いは、お父さんにとってそんなにも迷惑なものだったのだろうか。

 お父さんにとっての私は、テレビ番組一つに負けてしまう程度のものだったのだろうか。

 私が黙っていると、お父さんは舌打ちをしてお母さんの手を振り払い、ずんずんとこちらに近づいてくる。

「こういうときは『ごめんなさい』だろ! そんな当たり前のことも言えないのか!」

「あぁもう、いい加減にしろよ! たかがテレビごときでギャーギャー喚くなよ!」

「なんだと⁉」

「貴方! 直斗もやめて!」

「ガキのくせに、親にそんな生意気な口を利いて……! お前も、こんなものやってる暇があるなら勉強でもしてろ‼」

 お父さんはそう怒鳴って、私が右手に持っていた黒い鞄を取り上げる。

「っ! やめてっ‼」

 サァッと瞬時に背筋が冷たくなる。嫌な予感がして、私は初めて声を発する。

 その予感は的中し、お父さんは私の鞄を持った腕を大きく手を振り上げて——。